2010年07月07日

2010年07月06日のつぶやき

adakyo 2010年07月05日のつぶやき | http://tinyurl.com/3y9w3ft at 07/06 00:31

adakyo なんでまた(笑) RT @kiyosick: "新潟 ヤリマン 多い" 約 521,000 件 (0.21 秒) at 07/06 13:37

adakyo ダメだ。石川遼と大鶴義丹の区別がつかなくなってきた。。。 at 07/06 13:46

adakyo マルシア基準かい(笑) RT @Yasudist: @adakyo 「マーちゃんごめん」が義丹です at 07/06 14:00

adakyo 相変わらずカープの継投は後手後手やのぉ。。。ベンチにいる元・背番号7は置物かっちゅーの。何やっとんのよ、まったく。そら「YOROKONDE−!!」言われまんがな。 at 07/06 21:09

adakyo あーそう。今日は相手の二倍ヒット打ってて一点差で負けたのかい。あーそうですかい。7点も取って8点取られて負けたんですかい。あーそうですかい。 at 07/06 21:49

adakyo お疲れ様でした。 | http://tinyurl.com/345mr2t at 07/06 21:54

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2010年07月06日

お疲れ様でした。

オグリキャップが先日、25歳の生涯を閉じました。

一概には言えないのですが、人間で言えば100歳(馬齢×4)です。

最後は骨折による安楽死処分だったそうです。

俺が競馬にハマったのは、オグリが引退した少し後の事でしたが、当時社会現象となっていたオグリの事はなんとなくでも知っていたのを覚えています。

高校生の頃に北海道へ牧場見学に行きましたが、そこで観たオグリはとても穏やかで、今でも印象深く記憶に残っています。

90年代、競馬というスポーツを一気にポピュラーなものに押し上げたのは、このオグリキャップと武豊、そしてダービースタリオンでした。

JRAにとってはオグリは足を向けては寝れないくらいの馬だったと思います。

現役生活、ラストラン。

中学生の頃にビデオで観たあの有馬記念は、俺にとっても生涯忘れられないレースです。





安らかに眠ってください。

本当にお疲れ様でした。
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2010年07月05日のつぶやき

adakyo 2010年07月04日のつぶやき | http://tinyurl.com/37a2qjp at 07/05 00:31

adakyo つ、つぶやきが、む、む、無視されるんだな、ツ、ツイッターに。。。せ、せ、切ないんだなぁ。。。お、お、おにぎりが好 at 07/05 01:51

adakyo いやー、Get Sports、カープ・マエケン特集でしたな。同期のNo.1打者、巨人・坂本によるマエケン評が良かった。全国の鯉党はみな、誇らしい気持ちで眠りについてるのだろうなぁ。 at 07/05 02:09

adakyo やっぱり思うんだか、俺は「はんにゃ」がほんとに嫌いだ。視界に入るだけで怒りが込み上げる。好きな人は本当にごめんなさい。それでも本当に大嫌いなんだ。 at 07/05 13:41

adakyo フードファイター小林 尊、会場乱入で警察に拘束される!?契約問題で大会に出場出来ず、強行的に会場に乗り込んだらしい。拘束された大食いチャンプが哀しみにくれた表情で一言。「俺に食べさせてくれ。。。」 頼む!食べさせてやってくれ!! at 07/05 13:47

adakyo スーパー豪雨。どうした、地球。 at 07/05 19:38

adakyo ぶらり。 | http://tinyurl.com/2waehvz at 07/05 20:01

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2010年07月05日

ぶらり。

いやぁ、久しぶりに一日だけ間隔を置いてみたんだけども、もう逆に落ち着かない状態になってきているなー。

でもまぁ、たまには休む事もあるって事でがんばります。

で、今回はブログを休んで何してたかって言えば、上野〜浅草を探索してた訳です。

スタート地点はここ、不忍池。


不忍池.JPG


一面、蓮。

あと鯉がデカくて気持ち悪い。

パクパクしやがって。

俺がカープファンじゃなかったら、本気で嫌いな生き物の序列されておかしくないわい。

つーか、チーム名が「カープ」って今更だけどもやっぱしイケてないわー。

まぁ野球チームはどこもそうか。

さて置き、この日は「肉の大山」に行きたかったんだけども、店内が停電を繰り返すって事で30〜60分待ちって言われたから泣く泣く断念。

仕方なくコロッケを買い食い。

うまい。

で、別の店で飯を済ませ、勢いで浅草まで歩き始めたんだけども、とある商店街で七夕祭りをしてたもんでテンションガチ上がり。

その祭りの中でポン菓子ってのがあって、俺ら世代の人はあまり知らん代物だと思うんだけど、壮絶な機器を持って作る菓子なのですよ。

子供がトラウマ抱えかねないほどの壮絶な機器を使うの。

見た目はこんなん。


ポン菓子製造機.JPG


動画も見つけたから是非どうぞ。





ちびるよ、こんなん。

軽くちびったし、俺。

まぁそんな感じで祭り度全開の商店街を通り抜け浅草まで行った訳ですが、途中ひさしぶりに邂逅した河童様がいてですね、何度見ても無駄なリアリティ少しげんなり。


カッパ。.JPG


何なんだろうか。

合羽橋、なんだけどなぁ。

河童じゃないはずなんだが。

まぁいいか。

とりあえず浅草の街並みから垣間見えるスカイツリーのデカイことデカイこと。


スカイツリー.JPG


足元まで行ったらどんなもんなんだろうか。

こっちはこっちでリアリティが出ないくらい巨大な建造物だわなぁ。

東京タワーなんかもうミニチュアレベルだ。

しかし改めて浅草ってのは本当にいいなぁ。

自然と盛り上がる。

東本願寺とか裏っ側からだったけど、それだけで建造物の荘厳さにやられる。

上野からの道すがらにも何個か神社があって、どれも造りがしっかりしてて嬉しくなる。

近所の神社なぞ神社じゃないな、ほんと。

まぁとにかく、非常に濃密に楽しんだ探索でした。


オグリキャップ逝去や篠田2連勝、巨人・松本4安打、サッカーの話なんかはまた明日以降に改めて。

結構盛りだくさんの週末でございました。

今週も張り切っていこうと思います。
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2010年07月04日のつぶやき

adakyo カープ篠田、またもやってくれました。復帰後これで2連勝。こうでなきゃいかん。いよいよ球場に足を運ぶ時が来たのです。 at 07/04 19:44

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2010年07月04日

2010年07月03日のつぶやき

adakyo 2010年07月02日のつぶやき | http://tinyurl.com/332nxve at 07/03 00:35

adakyo うん、あれだな。眠いな、これは。 at 07/03 03:12

adakyo ゴボゴボと金玉。 | http://tinyurl.com/234c39b at 07/03 12:37

adakyo アド街を観てるんだが、大江アナはほんとに愛らしいなぁ、うん。共演しとるアイドルが完全に霞んでらー。 at 07/03 21:14

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2010年07月03日

ゴボゴボと金玉。

先日の話です。

大学時代に、恐ろしいまでにお互いに悪影響を及ぼし続けた、悪友2人と久しぶりに新宿のとあるお店で会った。

かのサッカーワールドカップ、日本対パラグアイ戦の日です。

相変わらずの2人で、片や口元をゴボゴボ言わせ、片や金玉がどうとかこうとかしか言えず、俺はそれらを必死に聞き及んでたのです。

ゴボゴボ言う方はというと、今いる職場に別れを告げ地元に戻り、今後はフリーでやっていくのだそうだ。

地元にはお医者さんごっこだか看護婦プレイだかで知り合った彼女がいて、そろそろ先の話もあったりするらしい。

まぁ、半分はゴボゴボ言ってて聞き取れなかったが。

そして金玉の方は、ベース奏者としての活動を続けており、いよいよ演奏でお金が貰えたりと、徐々にではあるが軌道に乗っているらしい。

しかし、話す内容はというと、ただひたすらに金玉の話で、金玉の裏側を触ってると何だかヘンな気分になるだとかなんとかそんな話ばっかりだった、ような気がする。

要は、久しぶりに会ったんだけど、話した内容をよく覚えていないって事だ。

うん、でも悪い気はしない。

あーだこーだ言うよりも、相変わらずな感じがして良かった気がする。

帰り際に、店を出た後に金玉の方がバッグを忘れてる事に気が付き、取りに戻る最中、このまま大学時代まで戻っちまうんじゃあないかって気がしたり、する訳もなく、「あー、金玉らしいな。」て思うくらいだった。

しかも金玉はそんな自分の状態を省みず「この辺の店でサッカー観戦しようぜ!」だったか金玉がどうとか言い出して、ゴボゴボに本気で窘められていた。

しかしゴボゴボの方は、金玉の様子を見て何だかんだ言ってたが、金玉の金玉らしさを喜んでいたようだ。

正直、ゴボゴボとしか聞こえなかったのでよく分からなかったが。

まぁとにかく、俺はそんな2人が嫌いじゃない。

翌日には耳にゴボゴボって音と金玉って言葉しか残ってなかったけども。

また次はあるだろうか。

細かい事はさて置いて、とりあえず元気にやってくれれば言う事はない。

と、学年は一緒でも一つ年下の小僧から思われていた2人でした。

楽しかったです。


2010-06-29 19.46.15.jpg


写真は、そんなゴボゴボと金玉。

次はいつになることやらなぁ。
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2010年07月02日

勝ったがな。

ようやく勝ちましたがな。

結局マエケン以外ではどうにもならんのなぁ。

それって結構残念だけども。

しかしマエケン。

9回を117球でまとめ、4安打8奪三振。

失点は1で完投ですよ。

もはや彼無しではどうにも出来ないカープです。

が、よくよく考えてみると他の投手が投げている試合でも、4番に嶋を座らせてから打撃陣の調子もそこまで悪くなく、あとは本当に投手陣がどうにか抑えればって感じではある・・・んだけど、まったくもって抑えられてないんだけど。

さて、日が明けて今日からは横浜との3連戦ですぜ。

2、3戦目のどちらかに篠田純平が飛び出すでしょう。

やってやんな、しのぴー。

ここまでの鬱憤を晴らして一気に2連勝しようじゃあないか。

篠田がしっかりしてくれると、マエケンと表と裏のローテで一本ずつの軸が出来るんだから。

篠田の役目は大きいぞ。

そして篠田はやれる子です。

期待してます。


と、そういえば巨人・松本哲也がいよいよ戻っていらっしゃいますな。

今年の球界全体で見ても、俺自身は最も心を躍らせられた選手ですから、敵ながら。

帰ってきてまた打ちまくったらそりゃあもう素晴らしい訳ですけども、次回のカープ戦では多少控えてくれたりすると、何と言うか、ありがたいんですけどね。

しかし巨人打線の2番に松本が戻ってくるってことは、やっぱり一番怖い話で、ここのところの本塁打頼みの巨人打線にシーズン序盤のあの無敵感溢れる繋がりっぷりが戻ってくる可能性ある。

やだな、それ。

でもまぁ、松本には今後ももっと成長してもらって、次回のWBC代表に選出されて、アメリカ人達に「天秤フィーバー」を巻き起こして欲しいんだよなぁ。

複雑ね、なんか。

球界全体と、個人的応援チームと、選手個人の応援。

んー、どこが優先かっていうと、最終的には選手になるのかもなぁ俺の場合は。

って、ここまでチーム応援は出来なくなってるのは、確実にカープの大将、野村謙二郎の責任だという事なんだけどもねー。

采配って、ここまで影響するんですなー。

いっそ監督を岡ちゃんにしてくんねぇかなぁ。

そっちの方がまだ良い気がする、って相当やばいな(笑)
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2010年07月01日

訓示。

ふと、今年の4月に亡くなったジャイアンツ、個人的には元・広島カープ背番号「0」の木村拓也氏の事を考えていて。
その中で、木村氏の残した「NPB新人研修会」での講義内容が頭をよぎったのですね。
で、改めてここに記しておこうと思ったので、興味がある方は是非。
もちろん既に見聞きしている方も、改めて目を通しても良いと思います。
かの長島茂雄氏が「野球とは人生そのものだ。」と言っていたはずですけども、こうして改めて木村氏の言葉を読んでいくとつくづくそう思わされる気がしてならないです。
プロ野球に限らず、全ての業種に通じるような名文だと思う。

今回は個人的にいつでも読み返せるように、このブログに書こうと思っただけなので、興味がなければまた明日、俺が書くウンコみたいな駄文でお楽しみいただけたら何よりです。


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高校時代は4番を打っていて、捕手でした。19年間プロ野球選手をやって、最後は2番・セカンドになった。そのいきさつを話そうと思います。

1990年のドラフトで、僕は指名されませんでした。当時は6位までに指名されなかった選手は、「ドラフト外」で自由競争でした。僕は高校通算で35本塁打打っていて、宮崎県のお山の大将で、ドラフトで自分の名前が出ないでショックでした。ドラフト外で日本ハムに入団する時に、スカウトから「入ったら横一線だから。プロの世界は自分が頑張って結果を残せば一軍にあがって大変な給料がもらえる」と言われました。

でも入ってみるとちょっと違っていた。新人のみなさんはキャンプを1ヶ月やって、「これならやれるな」と思った人と、「すごい、ついていけないかも」と思った人がいるでしょう。僕はキャンプ初日にシートノックでボール回しをやった時に、「とんでもない所に来た」と思いました。プロのスピードについていけない。ドラフト外というのもなるほどな、これはすぐにやめて田舎に帰らないと、と思いました。

当時、開幕前に50人という支配下登録の枠がありました。僕は登録されなかった。新聞に任意引退選手と出て、故郷から「2ヶ月でやめるのか」と電話がありました。今の育成選手は、二軍の試合に出られるし、シリウスやフューチャーズがある。僕の時には支配下からもれたら、試合に出られず、ひたすら練習。「何しにプロ野球に入ったんだろう」。今の育成は、野球をやるチャンスがある。どんどんアピールして頑張ってほしい。

2年目に、一軍にけが人が多く出ました。二軍の野手が一軍に呼ばれて、二軍監督から外野を守るよう言われました。試合に使ってもらえるならと外野手をやり、まず第一歩を踏み出しました。そしてファームで1番を打っていた選手が米国に野球留学し、他はけが人も多く「1番がいないから、お前が打て」とコーチに言われ、何て運に恵まれているんだろうと思いました。そして9月、一軍にけが人が多く、初めて一軍に上がりました。結局、2年目は3本ヒットを打ちました。

3年目は開幕一軍でしたが、ほとんどが守備要員でした。1ヶ月ほどで二軍に落ちて、それ以降は一軍に上がらすでした。
3年目のオフに転機がありました。9月末から12月末の4ヶ月間、ハワイのウィンターリーグに参加し、イチロー選手といっしょでした。1歳下のイチロー選手に衝撃を受けました。4ヶ月間同じ部屋で、朝起きたらいない。朝からウェートトレーニングをしていたのです。このウィンターリーグでイチロー選手は首位打者を獲りました。自分はこんなんじゃだめだなと思い、イチロー選手が僕の野球人生を変えてくれた一人になり、感謝しています。

4年目は、1年間一軍にいましたが、守備要員でした。しかしやっと「野球選手になれたな」と思っていたのですが、広島にトレードになった。正直「何でおれが」と思いました。広島は当時、野村、江藤、前田、音、緒方、金本の名選手ぞろい・・・・・・僕に入り込むすきはなかった。移籍1年目は数試合に出て7打数で安打なし。
「これはクビになるな」と思い、「どうやったらここで生きていけるか」と考えました。一軍のレギュラーの中では、セカンドが確か34、35歳のベテランだったので、セカンドをやるしかないと練習するようになりました。

移籍2年目は、一軍を行ったり来たり。
それまでは右打席でのみ打っていましたが、左投手の時には代打で出られるけれど、右投手だと代えられる。どうしたら代えられないようにできるか。左打席で右投手が打てるようになればと、スイッチヒッターに取り組みました。自分が生きていくためには必要だと。

スイッチヒッターになって、ひとつ気づいたことがあります。例えば右打者の時、右投手の外の真っ直ぐと左投手の外の真っ直ぐは同じではなく、角度が違う。スイッチヒッターは、練習は人の倍やらないといけないが、右打席に右投手のような、自分の体に近いところから来る球がなくなりました。球種が半分になったようなものです。打つのが一番難しいのですが、体に近いところから遠いところに逃げていく球がなくなった。それに気づいてからは打てるようになりました。プロに入って9年かかって、10年目に136試合フル出場しました。野球選手の平均寿命が8、9年で、自分がそこまで生き残れました。

今、みんなは希望にあふれて「レギュラーを獲って生き残ってやる」と思っているだろうが、必ず壁にぶつかる。そんな時、少し言葉で考えると、僕みたいに生き残れる。挫折してあきらめるのか、そうでないのか、自分で考えないといけない。

そして34歳の時、トレードでジャイアンツに来ました。広島が若手選手への切り替えを図っていて、僕は出場機会が減りそうだったのですが、子供はまだ小さく、家のローンも残っている。「トレードに出してください」と球団にお願いしたのですが、決まったのが(戦力が充実している)ジャイアンツ。「出番を求めているのに、何でジャイアンツなんだろう」と思いましたが、入団してみると、けが人が続出してチャンスがもらえた。

最後にジャイアンツに入って、3連覇や日本一を経験し、勝つ喜びを知った。今までは自分の事だけを考えていました。プロ野球選手になると自分が成功するために、どうしても自分の事ばかり考えてしまう。しかし勝つ喜びはものすごくて、言葉では言い表せない。みなさんも、自分が活躍して優勝するんだという気持ちを持ってほしい。

自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレイヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。

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うん、俺個人も肝に銘じなきゃいかん内容だけども、今のカープの選手達全員に改めて目を通して貰いたい内容だなぁ。

こんな素晴らしい選手を、チーム方針とはいえ放出してしまった事が惜しくて仕方ないけども。
ただこれは、木村氏が巨人移籍後に得たものがあったからこそ産まれたこの名文であって、そういう意味では当時のトレードは成功だと思えるなぁ。

今年の巨人は勝負どころで相当な底力を発揮すると思います。
本当に苦しい時に、「木村拓也」という言葉が全ての選手の士気を高めるはず。
それほど木村拓也は愛されていた選手であり人でした。

俺もくじけそうになった時に木村氏を思い出してがんばる。
2010年も残り半分。
少しずつでも形を残していけるように、形にしていけるように、一個一個をキチンと考えてやっていこう、と思う。
ファイト、俺。
posted by マスダ at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯉人。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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